アーカイブ - 伺か (1 / 2)

初心占い師ほたるの祝日判定の問題修正と、マスカレードのメニューに「今日は何の日?」を追加しました。
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なお、今回はトークの追加はありませんが、祝日が正常に判定されるようになったことで、今まで見られなかったトークが見られるようになるかもしれません。
なお、昨日(スポーツの日)に関するトークは特にありません。すみません。

せっかくのオリンピック開会式の日だったので何かそれっぽいトークを書ければ、とも思っていたのですが、ほたるとオリンピックがどうも結びつかないというか、「街が賑やかだねぇ」とか「日本人じゃない人がたくさん街を歩いてるねぇ」とか言わせるのもご存じの通り事実に反しているのでおかしいし、「せっかくだけど私たちとはあんまり関係ないね」「来年からコミケの会場が戻ってくる……」とか言わせるのもオリンピックが好きな人の気分を下げてしまうようで嫌だし……とかいろいろ考えているうちに時間がなくなってしまいました。まあオリンピックに限らず、あんまりサブカル系ではない現実のイベントをネタとして使うのは(よほど面白くなるという確証がない限りは)やめとこう、という感じです。

開会式は生放送で見ました。
イベントお祭り大好きでシャイな純日本人なので、20時からほぼ24時まで、4時間弱くらいぶっ続けで見ました。感想はネタバレになるのであえて書きませんが、少なくとも「見ることで精神的に怪我する可能性は低い」と判定しますので、実際に再放送やネット配信等で見ていただくのがいいだろうなあと思います。
ただ、視聴のヒントとして書いておくと、選手入場が始まってから終わるまでの間に特別に何かがある(会場に明確な変化があるとか、何かの映像が挿入されるとか)わけではないので、選手入場は別にいいかな……という人はガッツリ飛ばしても大丈夫だと思います。
あと、個人的には橋本聖子会長のスピーチは心に訴えかけてくるものがありました。政治家の話は聞くに値しない……と思う人もいるでしょうが、政治家というよりもアスリートとしての立場からのスピーチだったかと思います。氏に何の思い入れのない私でもほう、と思ったので、アスリートとして活躍していた頃を知っている人にはさらに響くのではと想像します。選手入場よりもさらにすっ飛ばされがちなシーンだとは思いますが、もし心に余裕があれば。

初心占い師ほたるのトークを追加しました。ネットワーク更新で取得可能です。
寝ていてもうちわが動くガールの話。

伺かとか、あるいは繰り返し見る可能性の高い会話形式のコンテンツの場合、最初に見た時は「?」て思うけど、また見たら「あぁ……そういう面白さだったのかこれ」ってなるようなトークが色んな意味でいいトークなのかもしれない、と思っているところがあり、そういう意味では今回のトークはそういうトークかもしれません。別に何か深みのあるトーク、というのではなく単純に少しわかりにくいトークです、ということなのですが、まあ私ももう三十代も後半になってしまっているので、若に時代特有のあまり意味もないこだわりというものもありません。もしかしたらハートマークも初めて使ったかもしれない。

さて、三十にして立つ、四十にして惑わず、という言葉があります。前述の通り私は三十代をあと数年で終わるというフェーズを迎えているのでもうかなり立っているはずなのですが、それでもなお言葉の意味の思い違いをしていることが少なからずあったりします。なので、今回も念のため「寝ていてもうちわの動く親心」という川柳の解釈を調べてみたのですが、案の定、思っていたのと違う解釈がありました。
おそらく一般的には「暑い中、赤ちゃんが涼しく眠れるようにうちわであおいでいる」と読まれると思うのですが、渡辺信一郎著「江戸川柳」(岩波書店)を引用するコラムによると、乳を飲んで寝込んだ赤子に添い寝している母親もウトウトとし、それでも赤子にたかる虫を寄せ付けないようにと、手にした団扇だけは扇ぎ揺らせているという光景で、赤子に対する母親の気遣いの様子が描かれています。それとともに、赤子に風を送り涼しくしているとも考えられます。とのこと。
上記がこのコラム筆者の独自見解なのか、書籍にそう書かれていたのかは定かではありませんが、普通は何らかの知見がなければ「うちわであおぐ=虫を寄せ付けないため」とは解釈しないと思うので、書籍の中でそう紹介されているんだろうなぁと想像します。なるほどその機能があったか。
しかしその一方で、赤ちゃんが冷えすぎない程度の風圧を発生させたところで虫は退散してくれるもんだろうか? 向かい風に耐えて赤ちゃんにたかってくるのではないだろうか? とも思うわけですが、夏の虫と言えば蚊、あいつら見た目にもそんなに頑丈ではなさそうなので、意外と風を送るだけでもいけるのかもしれません。
あるいは江戸時代の川柳なので、当時の衛生状況を考えると蚊よりも蝿のほうがウザがられていた可能性もあり、であればあいつらちょっと気配をちらつかせただけでも飛んでいってしまうので、やっぱりうちわは蚊というより蝿シフトなのかもしれません。
いやあ、文芸作品は時代背景を踏まえて読むのが重要なんですね。ちょっぴり立ちました。

コラムの方にもうちわについて思うところを書いていますので、よろしければお読みください。
プラスチックうちわが如何に切ない存在なのかを説明する前半
厚紙うちわがなぜ日本うちわ協会に公認されないのかについてを考察する後半

初心占い師ほたるのトークを追加しました。ネットワーク更新で取得可能です。

ほたるの全財産はそもそもビンところかワンカップ大関の底が埋まるかも非常にあやしいレベルに違いないので、ビンに入れてとっておけないの? という発想はおそらく「みんなお金には困ってるようだし、自分と大して変わらないくらいじゃないかな」と思っているが故のことであり、まさか街を往く人々が少なくとも一時間に800円、多ければ月に何十万とかいうお金を手にしているなんて思いもよらないのかもしれません。しかしそれを知っているマスカレードは「普通の人の全財産はビンでは足りない」というツッコミを入れる、そういう世知辛いトークになっております。

ということなのですが、実のところ「一般的に入手できる範囲の大きめの瓶に、全財産を札で入れる」という条件なら、大抵の人は入りそうです。紙の帯で巻かれている100万円の束の厚みは1センチ、かつ1万円札のサイズは長辺16センチ・短辺7.6センチなので、ビンの入口の窄まりはひとまず無視するとして、底が8センチ四方、高さ16センチくらいの容量の四角いビンの中には最大800万円が入ることになります。昔の大きめのインスタントコーヒーの瓶がちょうど該当するんじゃないでしょうか。ただ、いつかは口から取り出す必要があることや、紙幣の皺や折れ曲がり等による隙間の発生も考えると、現実的には500万円くらいの単位で瓶を用意する運用になるかもしれません。

インスタントコーヒーの瓶ですら800万円入るわけなので、梅酒を漬ける瓶とか、長崎の葬式でお供えする砂糖瓶とか、そういったラージサイズなら全財産入る確率はかなり高いといえます。自分の輝かしい将来を見越してポリタンクとか持ち出してくればもう確実に入るわけですが、灯油を入れないように気をつける必要があるので、表面にデカく「現金」と書いておく必要があるのと、入れ方が乱雑になりがち、さすがに大きすぎるので領域が余りがち、中身が見えないので減ってないか気になってたびたび覗きがち、といった問題がありそうです。みなさんの全財産は瓶の中に入りますか? 日本人の平均貯蓄額が1万円札で入る、ちょうどいい瓶って何なんでしょう? これってトリビアになりませんかね?

なお私については、今のところ死蔵してある分のインスタントコーヒー瓶で十分な見通しです。何個あるだろう。

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キャッシュレスの時代の話と、小銭の女神様の話。

そして、今さら「節分」の判定関数を導入しました。
今年からしばらくの間、「西暦を4で割って1余る年」は節分が2月2日となることを受けての実装です。

そもそもほたるもマスカレードもロクな情報源を持っていない気がし、それなのに賢しくイレギュラーな節分の日付を判定できるというのもなんだかおかしい気がしましたが、逆に言えば生存戦略のためにはいろいろな情報を得ているはずとも言えるので、まあいいかということで実装した次第です。

せっかくなので2090年までの間は正しく節分の日付を取得できるように実装していますが、2090年以降については実装しておらず、2日だろうと3日だろうと常に節分ではないと判定します。今から70年後となるとおそらく人類は滅亡しており、節分自体が存在しないと考えられるためです。70年後に人類が滅亡しているとする根拠は全くありませんが、そもそも人間が2090年まで存続していたとしても節分という文化が存続しているかはかなり不透明です。結局のところは時の流れに身を任せ、今年の節分が終わったら来年の節分の日付を仕込む、というひとりマニュファクチュア的な発想が最も正解に近いのかもしれません。

あるいはいつか人類が地球上から滅亡したら、あらかじめ宇宙空間にエクソダスしていた我々の子孫が巨大な宇宙船の中で「今日は地球の暦で節分ね。よい子のみなさん、ご先祖様を偲んで、恵方巻きをスピカα星の方向を向いて食べるのよ」とか「それでは宇宙怪獣に向かって鉛の豆を投げに行きましょう。よい子のみなさん、総員健闘を祈る」とか言ったりするのかもしれず、まあ地球の上で節分を節分らしく迎えられる時代であるうちは無邪気に豆を投げていようと思います。自分に。

ところで知る人ぞ知る旧2ちゃんねるの「肉の投げ方教えて下さい。」スレッドを何となく見てみたら、これも2月頃に投げようという話だったんですね。もしかしたら節分の豆は大豆、大豆は畑の肉と呼ばれる、というところになぞらえたネタだったのかも、と19年後の今気付いた次第です。そして2月9日・肉の日に1000に到達させてるのがまたにくいですね。肉だけにね。以上です。

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紅白歌合戦AKB48が落選した、という話を聞いて書いたトークです。

マスカレードは3次元のアイドルにも抵抗がないようですが、一方の私にはあまりAKB48に関する興味がなく、「女子が同じ服着て集団でいる……!怖い……!」というくらいの認識しかなく、彼女らの普段の活動に想いをはせると「何を考えてにこにこしてるんだろ?」となり最終的には「生きるってなんだろう?」という哲学的問いに迷い込んでしまうのですが、おそらくこれこそが「でも(やってる本人たちが)幸せならOKです」というやつなんだろうなあと思っています。

紅白歌合戦になぜ落選したのかという点については、「NHKからAKB48にお呼びがかからなかった」というより、「秋元氏が、提示された枠の中にAKB48をあえて入れなかった(代わりになんとか坂を入れた)」という方が正しいのではないか?と勝手に想像しています。商売としてフツーに考えると、知名度がカンストしていると思われるAKB48より知名度的に高くない方を出した方が正しい気がします。

ちなみにこういう風に事情を知りもしないのに邪推することを日本語で「下衆の勘繰り」と言います。
いつの時代も人間って小さいんだな、変わんねぇな、そう再確認できる言葉であり、語感も良く、シニカルなキャラクターに使わせるとサマになっていい言葉です。使わせたことないけど。

ところで私個人としては紅白に関してはMr.Childrenが出るという点を重視しており、おそらく30代あたりのおっさんおばさん的にはそれにしか期待してないのではないでしょうか。個人的には「さよなら2001年」の2020年バージョンを歌ってほしいんですが、それをするとお茶の間のテンションが「ゆく年くる年」までもたなさそうなので、まあ無難に「himawari」とか「Birthday」とかの近年の曲を歌う方向性に持って行く気がします。でも視聴者層的には「名もなき詩」「Tomorrow never knows」「innocent world」あたりのミスチルメンバーの気持ちを一切考えない中年向けよくばりセットへの期待も大きいはずです。

ああ、いやもちろん歌いたいのを歌うのが一番ですよ。(ミスチルメンバーが)幸せなら(何歌っても)OKです。バンドマンが歌で評価されたがっているというのは想像に難くないですが、ミスチルの場合はそれこそ評価がカンストしているのでもう曲がどうこうという次元ではなく、何歌ってもらっても満足です。みんなツイッターとかでは「知らない曲だしガキ使見るよォ」とか言いつつ、時が来たらリモコンに手を伸ばすことでしょう。

あとはもう三山ひろしのけん玉くらいですね。